2012年01月22日

ポケネコにゃんころりん 影だけのねこの秘密 山本悦子

ポケネコにゃんころりん 影だけのねこの秘密 山本悦子 フォア文庫

ポケネコシリーズもはや8巻目、児童書のシリーズとしては長いほうになってきた。

ポケネコのにゃんころりんは、不思議な生き物。ペットショップの「ノエル」でもらったユウのペットだが、いろんなもの幸福も不幸も招くちぃっちゃなネコである。
ごぞんじユウとあかね、カズの三人はとあるきっかけで、夏休みにあかねのおばあちゃんと一緒に広島へ行く事になる。そんな彼らにクマ先生は「よく勉強してくるんだぞ」と声をかける。そんな三人に何が起こるのか?ポケネコのにゃんころりんは何を招くのか?

今回は、舞台は広島。そこで彼らはにゃんころりんが招いた「影のネコ」を見る。そして「影のネコ」の生い立ちを知ることになる。いままで若干コミカルでちょっとシリアスなお話だったにゃんころりんが今回取り上げたのは、「平和」と「核」の問題。児童向けの話としては、かなり重い題材。でも、この時期に取り上げることこそ意味がある。今後の日本を背負う小学生にこそ、正面きって立ち向かう課題でもあるだろう。

この題材を選択した、山本さんに拍手。
posted by 灯台守 at 20:32| Comment(8) | TrackBack(0) | 児童文学
この記事へのコメント
「ポケネコにゃんころりん8」、ご紹介いただきありがとうございます。
原爆は、いつか書きたいと思っていました。書くための資料を集めていた頃、震災が起こりました。「原爆」と「原発」と共通する部分があるけど、書いてもいいのだろうかと迷って、編集のHさんに相談したりもしました。自分としては、頑張った1冊です。
Posted by 山本悦子 at 2012年01月22日 22:30
コメントありがとうございます。戦後の児童文学は戦争というテーマが欠かせないものでした。それから60余年。時代は変わり人も変わりました。でも平和を希求する気持ちに変わりは無いでしょう。これからも、「にゃんころりん」楽しみにしてます。
Posted by 灯台守 at 2012年01月24日 21:54
初めまして。
にゃんころりんシリーズは比較的好きな児童書ですが、安易に「原発」と「原爆」をチャンポンにして子供に教えるやり方はあまり感心できませんでした。核戦争と原発事故は全く性質が違うと思うので。
駄文失礼いたしました。
Posted by RER at 2012年02月17日 13:59
RERさん、こんにちは
コメントありがとうございます。

私の個人的意見ですが、「にゃんころりん」の「影だけのねこの秘密」では原発の話に関する主張はありません。少なくても私はそう感じました。PERさんがおっしゃる「原発」と「原爆」をチャンポンにするということは私も反対です。その2つと向かい合って考えることは、子供たちにこそ必要だし、考えてほしいと思います。

しかしながら、ヒロシマをキーワードにした児童文学はここ数年見たことがありません。過去に名作はありますが、時代とともに現代の子供たちには理解しにくい部分も出てきています。

そんな中、「にゃんころりん」の著者がこの題材を選択したことは評価してあげたいと思った次第です。この本を読んだ子供たちが2つの問題をチャンポンにするか否かは、読んだ読者とその周りの大人たちの責任だと思います。
Posted by 灯台守 at 2012年02月18日 07:10
>原発の話に関する主張はありません。
本当にそうでしょうか。例えば、69ページ1〜2行目の「たしかに、核兵器は作ってないけどね。原発が、こんなにいっぱいあるんじゃ、なんにもならないわよね」という台詞は明らかに原発を核兵器と同等に扱い、忌むべきものであるという主張があるように思います。
その決定的証拠として、174ページに「No more Hiroshimas Nagasakis. Fukushimas.」という文字があります。これが原発に関する主張ではなくて何の主張だというのでしょうか。
>読んだ読者とその周りの大人たちの責任だと思います。
私は科学的調査もせずに安易に原爆と原発を混同して反核メッセージとして子供に伝える作者にも責任はあると思います。福島の事故以来、児童書の棚が酷いことになっていると思うので・・・・・・・。
長文失礼いたしました。
Posted by RER at 2012年02月24日 16:08
RERさん、こんにちは。
ご意見、ありがとうございます。
私の考えを述べさせていただきます。

>本当にそうでしょうか。例えば、69ページ1〜2行目の・・・以下略

に関しては、その事実を提示したのみで、その発言した岡田さんは、「国は絶対安全だといっているけどねぇ」とつぶやきますが、そのことについて自分の意見は言っていません。

>174ページに「No more Hiroshimas Nagasakis. Fukushimas.」という文字があります。

これも、作品中の意見として取り扱うのか、現実は現実として、認めている上での発言のなのか、記載はありませんし作品中の発言ではありません。

その上で、私は「原発に対する主張」というよりも「平和への祈り」に重点が置かれていると感じました。ここにも書きますが、少なくても私はそう感じました。

ここまではあくまで私の意見です。著者にはRPRさんがおっしゃるような意図があったかもしれません。たしかに、本作を書いた筆者にも責任はあると思います。しかし核に関する著作を避ける人よりも、今、あえて核に関することを題材にする人の方がより重い責任を背負うことを覚悟したと感じました。

児童書に限らず、出版される本の内容は作者のみならず、その本を読む人、提供する人にもいろいろな形で関わりが発生すると思っています。この本の主たる対象は小学校高学年以降の年頃の人たちだと思います。原爆と原発は同じなのか、違うのか、なぜ原爆は作られたか、本当に原発は安全なのか危ういのか疑問を持って取り組んでほしいと思います。そのきっかけを作ることこそ、今、望まれていることなのかもしれません。
Posted by 灯台守 at 2012年02月24日 21:28
ちょっと補足が必要だとおもったので蛇足気味ですが一言。

サンプル数は少ないですが、周りの人の意見を聞くと過去/現時点にかかわらず、原爆と原発はセットで考える方が圧倒的のようです。RPRさんの仰るとおり、2つの問題を切り離して本作を語ることは難しいようです。

私の感じたことは事実ですが、RPRさんが感じたことも事実です。今後、この問題がどのように児童文学で語られるのか見守っていく必要があります。語る責任と、その内容を共有し次の世代に語り継ぐ責任、さらにその事項をどう捉え対応するかも、全員に責任があります。重く受け取る必要があると考えます。
Posted by 灯台守 at 2012年02月25日 19:20
>現実は現実として、認めている上の発言なのか
そこをちゃんと書かないといけないなあと思いました。
>核を題材にする
題材にするのはよいのですが、ちゃんと科学的知識を学んだうえで、物語を書いてほしいと思います。今の児童文学作品は、そこのところが特に酷い。僕は深刻な事故にかこつけて、くだらないヒューマニズムに踊らされて衝動的にものを書く人を軽蔑します。
それに原発と原爆では使っているウランの種類(原爆よりはるかに純度の低いウラン235を使用)が違うので、そう簡単に原発は「核」爆発はしないのです。
本書のように、「放射能=悪」と決めつけるのであれば、ラジウム温泉も、CTスキャンも皆なくせということになります。

色々と失礼なことを書き込んでしまったかもしれません。ですが、「無知」に基づいて、安易に放射能への恐怖を煽るような書き方は福島の復興を阻害する要因になりかねないと思ったので・・・・・・・・。
Posted by RER at 2012年02月29日 23:50
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